録音的自分史 〜その壱〜

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今回、久方ぶりの録音機材のメンテナンスに伴い、音データの整理なんぞもした訳ですが、昔作った曲とかいろいろ聴いていたら、いや〜、いろいろ思い出してしまいますね。
今のシステムの前はどうだったか…とか、その前は何だっけ…とか、それこそまだ音楽を作るのにパソコンなんていっさい使っていなかった頃のこと…とか、初めて仕事のためにパソコンを買った時のことまで…、何といっても今の時代便利なのは、昔使ってた機材とかで、メーカーやモデル名等、記憶自体はもうふっ飛んでても、何かしら手がかりさえあれば突き止められるんですね。
せっかくなのでこの機会に備忘録として、録音機材の変遷を記しておこうかと思います。前回に続いてあまりにも一般向けではないネタですが(笑)個人ブログなのでご容赦を…。
録音ということだけで言えば、まだ実家にいた高校生の頃、2台のオープンリールのテレコとミキサーにドラムやベースなど(すべて借り物) を自分の部屋に持ち込んで、1人で多重録音とかして遊んだりはしてましたが、最初に買った自前の録音機材というのはTASCAMの「244」という4トラックのMTRでした。4トラックのカセットマルチレコーダーと4チャンネルのミキサーが1つになったものです。

TASCAM 244

その前に「144」というのが出ていて、それを誰だか忘れちゃったけどしばらくの間貸し出してくれた友人がいてね。それでいろいろ実験しながら基本的な使い方を覚えていったんだけど、ちょうど「244」が出たタイミングで、これは買わねばと思い、一念発起して買いました。値段は覚えてないけど、当時の貧乏ミュージシャンにとってはかなりお高い買い物だったはず。
作曲家デビューとなった浜田麻里の「Paradise」のデモテープもこれで作りました。
その後1989年に発売になったカセット8トラックMTRの「238」に入れ替えるまで、
長いこと本当に良く働いてくれました。「Call My Luck」「Forever」「Heart And Soul」「Return To Myself」、B’zに提供した「孤独にDance In Vain」全部これで作った曲です。
そして先ほど触れた8トラックの「238」にチェンジするわけですが、
これはレコーダー部だけなので、ミキサーが別途必要でした。当時はあまり知識も情報もなく、どうやって選んだのか記憶にないのですが、YAMAHAのMC-1604IIというミキサーと組み合わせてました。

一気にトラック数が4から8と倍になり、作業的な可能性も広がって良いことずくめ…のように思いましたが、音質は寧ろ4トラックの時の方が良かったような印象が残っています。
結局このシステムはあまり長くは続かず、間もなくAKAIのMG14Dという専用テープを使ったアナログ12トラックのMTRへと移行します。

AKAI MG14DとロケーターのML14


このあたりからだんだんと大袈裟になって来るのですが(笑)このレコーダーはさすがに音もそれまでとはグレードの違う感じで、ロケーターの機能や使い勝手もかなりプロっぽいもので、作業の効率は格段に向上しました。
音質的にはデモやプリプロには十分過ぎるくらいでしたが、本チャンのトラックとして使うにはちょっと物足りないレベルでした。あと構造的な問題なのか、ヘッドの汚れが溜まりやすく、マメにヘッドのクリーニングをしないと、録音/再生レベルが徐々に下がってきてしまう問題がありました。
これが締め切りに追われている時とか、精神的にけっこうなストレスで、作業中何度も何度もテープをイジェクトしてはヘッドをクリーニングするという行為にだんだん嫌気がさして来て、ちょうどこの頃から自宅で本チャンのレコーディングが出来たら良いな…という考えが頭をよぎるようになっていたこともあり、同じAKAIから出ていたデジタル12トラックのMTR、A-DAM DR1200の導入を決心します。

AKAI A-DAM DR1200とメーターブリッジDM1200

専用ロケーターのDL1200

これは8mmビデオテープを使ったデジタル12トラック+アナログ1トラックのMTRで、
2台シンクさせて24トラックのデジタルレコーダーとして使用してました。
こうなるとミキサーの方もYAMAHAのMC-1604IIでは役不足なので、Soundtracs Solo Logic 24/8/24 に入れ替えました。自分にとっては初のインラインコンソールで、VCAオートメーション機能もついてました…!

Soundtracs SOLO Logic 24/8/24

このシステムに変えてから仕事のスタイルが激変しましたね。
それまでは自宅でアレンジ等のデモを作り、本番は外のスタジオで作業する…というのが当たり前だった訳ですが、本番用のトラックも自宅作業でレコーディングし、完パケ状態で納入することが可能になったのです。
外のスタジオでの作業と違い、時間を気にすることなく、納得のいくまで追い込こめる…というのが自分の性分と合っていたのか、その後数多くの仕事を自宅で1人でこなすようになります。
今でこそ珍しくもなんともないですが、まだProToolsなども一般化していない’90年代半ばではこういうスタイルで仕事していた人はまだまだ少なかったと思います。
長くなったので今日はここまで…。
〜続く〜

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